浮きこぼれ(退屈君)とは?自称ギフテッドの特徴
退屈君とは、「頭が良すぎて学校の授業が退屈だ」と主張し、授業を妨害したり不登校になったりする問題児のことです。
退屈君の特徴は、勉強ができるわりに、精神的に幼稚でワガママであるというアンバランスさです。
退屈君は、勉強ができる自分は特別だから、自分のワガママは許されるべきだ、という考え方しかできません。
退屈君の精神性には、自己中心性、特別意識、共感力欠如が見られます。
そのため、退屈君は、自己愛性人格障害(NPD:自己愛性パーソナリティ障害)という病気の可能性が高いです。
日本では、退屈君をギフテッドや発達障害(ADHD・ASD)と同一視する人が多いですが、これらは全くの別物です。
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最近、日本でも「浮きこぼれ」の問題について、議論されるようになっています。
浮きこぼれとは、学習能力が平均と比べて飛びぬけて高く、学校の授業が簡単に感じる児童のことです。
「落ちこぼれ」の反対のため、「浮きこぼれ」と言われるようになりました。
日本では、浮きこぼれの例として、退屈君のようなタイプが紹介されることが多いです。
しかし、退屈君の問題点は、頭が良すぎることではなく、ワガママな精神性でしょう。
退屈君は、ギフテッドでも発達障害でもなく、自己愛性人格障害(NPD)です。
自己愛性人格障害は、自己中心性、特別意識、共感力欠如を特徴とする、精神疾患です。
自己愛性人格障害の児童の中で、たまたまIQが高かったのが、退屈君です。
自己愛性人格障害は、後天性であり、偏った子育てで、適切な躾を受けずに育つことが原因です。
例えば、勉強ができる我が子を「神童」などと言って特別視する親バカ、得意な勉強だけができていればいいと甘やかす溺愛、子供の問題行動を注意しない放任主義などがあげられます。
日本では、学習能力ばかり重視し、精神性を軽視する親が増えており、退屈君を助長する原因となっています。
退屈君は、勉強は得意でも、人を見下す、我慢ができない、思いやりがないという未熟さがあり、特性だといって甘やかすべきではありません。
自己愛性人格障害は、治すことの難しい病気ですが、子供期の内なら、まだ改善する可能性があります。
退屈君は、専門機関で、人格面の成長を促す療育を受けさせるべきです。
【目次・退屈君の特徴】
それぞれの特徴について、解説していきたいと思います。
先生や同級生を見下す
退屈君は、勉強ができる自分を特別だと考え、周囲の人を見下すという性質があります。
「こんなのも分からないの?」とクラスメイトをバカにするため、友達ができません。
また、図鑑や本に書いてある内容を先生にぶつけて、答えられない先生をバカにすることもあります。
退屈君はまだ子供ながら、「他の人は凡人で、自分は特別な天才だ」という、選民思想を抱いているのです。
退屈君は、「勉強ができる自分は特別扱いされるべきだ」という考え方しかできません。
自分は特別だから、海外のように飛び級したい、特殊な教育を受けたいといった、要求をします。
周囲をバカにする退屈君は、当然、クラスメイトからも先生からも、嫌われてしまいます。
しかし、本人は、周囲が自分に無理解で、自分は迫害されていると認識し、逆恨みします。
一方、発達障害児は、勉強ができるタイプでも、人を見下すという性質はありません。
発達障害児は、自身の興味の対象だけに熱中するため、クラスメイトにあまり興味を持ちません。
社交性が低いタイプはいますが、人を見下す態度をとることはありません。
また、ギフテッドは、性格が優しく、分け隔てなく人と接するという特徴があります。
ギフテッドは、勉強が苦手な子でも他に何か特技があるはず、という考え方をし、下に見ることはありません。
自己愛性人格障害には、自分に特別意識を持つという症状があります。
自己愛性人格障害者は、何の取り柄がなくても、自身に特別意識を持っています。
勉強のようなアピールしやすい取り柄がある場合は、それを根拠に、自分の特別さを周囲に認めさせようとします。
自分の取り柄をひけらかすことしか頭になく、謙虚な気持ちは持ちません。
大人の場合、仕事の評価は高いのに人望がないタイプは、自己愛性人格障害の可能性が高いです。
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我慢ができない・我儘である
退屈君は、自分の思い通りにならないと気が済まないという性質があります。
些細なことでも、自分の思い通りにならないと不満を持ち、文句ばかり言います。
自分の思い通りにならなかった時に癇癪を起こし、クラスメイトを他害するケースもあります。
退屈君は、他の子より勉強はできても、他の子より精神的に未熟で、幼稚な言動が目立つのです。
退屈君の我儘で共通するのは、「授業が退屈だから、学校に行きたくない」というものです。
授業が簡単すぎるなら、授業中に教科書の先を読み進める、宿題を済ませてしまうなど、工夫して対処すればいいだけです。
退屈君は、頭が良いと自認しているものの、柔軟さや臨機応変さという賢さを持っていないのです。
また、退屈君が得意な勉強は、ペーパーテストだけであることが多いです。
退屈君は、体育や音楽、美術といった科目は苦手である傾向があるため、これらの授業を無駄だと言えないはずです。
また、道徳の授業は、成績で上下をつけるものではなく、自分の意見を持ちつつ、人の意見に耳を傾けることを学ぶものです。
そもそも、学校に通うのは、授業を受けるだけが目的ではなく、クラスメイトとの交流を通して、人間関係を築く能力を養うという目的もあります。
勉強ができるから学校に行く意味がないという退屈君の主張は、視野が狭く、浅慮なのです。
ワガママな性格を、個性や特性という言葉で誤魔化そうとするのは、詭弁としか言いようがありません。
一方、発達障害児は、生まれつきの脳の特性により、我慢が苦手な傾向があります。
ADHDは多動性や注意欠如、ASDは過集中の特性により、我慢ができないことがあります。
しかし、これは、周囲にあれこれと要求する我儘さとは、異なります。
また、ギフテッドは、精神的に大人であるため、我慢すべきときは我慢するということが、普通にできます。
自己愛性人格障害には、自己中心性が高いという症状があります。
自分の思い通りにならないと気が済まず、自分の意見や価値観を他者に押しつけようとします。
自分に都合の悪いことは、無視したり開き直ったりして、自分の主張を押し通そうとします。
大人の場合、仕事が優秀でパワハラするタイプは、自己愛性人格障害の可能性が高いです。
思いやりに欠ける
退屈君は、思いやりや想像力に欠け、自分のことしか考えないという性質があります。
勉強ができない子の気持ちを考えず、平気でバカにして傷つけてしまいます。
勉強が得意なのに、クラスメイトに分からないところを教えてあげるという行動はとりません。
退屈君は、周囲の人に親切にしませんが、周囲に構ってほしくて、アピール行動はとります。
友達ができず、誰にも構ってもらえない状態に、不満を募らせます。
退屈君は、授業がつまらないから学校に行きたくないと言いますが、友達ができないから学校がつまらないという、隠れた原因があるのです。
一方、発達障害児は、社会性が低いタイプもいますが、友達を作ることに興味がなく、マイペースです。
また、ギフテッドは、知性のみならず人格面も優れているため、自発的にクラスメイトに勉強を教えることが知られています。
親切心だけでなく、勉強を教えるのが自分の役割だという、使命感まで持っているのです。
これが、ギフテッドと退屈君の決定的な違いです。
ギフテッドは、想像力が高く、勉強が苦手な子がどこで躓いているか、推測することもできます。
自己愛性人格障害には、共感力の欠如という症状があります。
共感力とは、人の気持ちを想像して思いやる能力のことです。
共感力が欠如していると、自分の気持ちばかり考え、他者の気持ちに無関心な人間性となります。
人を傷つけたことや、人に迷惑をかけたことに対して、鈍感で、申し訳なさを感じることはありません。
大人の場合、仕事はデキるものの他者のフォローに無関心なタイプは、自己愛性人格障害の可能性が高いです。
まとめ
退屈君と自己愛性人格障害の関係について解説しました。
退屈君は、高IQの自己愛性人格障害児の可能性が高いです。
高IQ児童の中でも、ギフテッド、発達障害児、退屈君は、全く性質が異なるため、きちんと区別して接する必要があります。
退屈君は、ワガママで特別扱いを求める傾向がありますが、甘やかすと助長させてしまいます。
あなたの周りに、退屈君はいませんか?
勉強は得意であるものの、人をバカにする、我儘ばかり言う、思いやりがない、などの特徴が見られる問題児は、自己愛性人格障害を疑うといいでしょう。
退屈君の親は、溺愛や親バカ、放任主義であることが多いです。
退屈君本人だけでなく、親にも問題があるため、学校でトラブルがあった時は注意するようにしましょう。